入院や手術で医療費がかさんだ年は、高額療養費と医療費控除の両方が関わります。この2つはよく混同されますが、払う相手も、戻ってくる時期も、手続きの場所も違う別々の制度です。順番を間違えると、戻る額が減るか、二重に数えてしまいます。
どこが違うのか
| | 高額療養費 | 医療費控除 || --- | --- | --- || 誰の制度か | 健康保険(公的医療保険) | 所得税(国税) || 何をするか | 自己負担が上限を超えた分を払い戻す | 所得から一定額を差し引く || 手続き先 | 加入している健康保険 | 所轄の税務署 || 戻るもの | 現金(払い戻し) | 所得税の還付と翌年度の住民税 |
高額療養費は「払いすぎた医療費が返ってくる」制度、医療費控除は「税金の計算で差し引く」制度です。片方を使ったからもう片方が使えない、という関係ではありません。
順番は「高額療養費が先」
国税庁は、医療費控除の計算式の中で差し引く「保険金などで補てんされる金額」の例として、こう挙げています。
生命保険契約などで支給される入院費給付金や健康保険などで支給される高額療養費・家族療養費・出産育児一時金など
つまり高額療養費で戻ってきた分は、医療費控除の計算で差し引きます。先に高額療養費を受け、残った自己負担を医療費控除で申告する、という順番です。
差し引き方にルールがある
ここを知らないと損をします。国税庁の注書きです。
保険金などで補てんされる金額は、その給付の目的となった医療費の金額を限度として差し引きますので、引ききれない金額が生じた場合であっても他の医療費からは差し引きません。
一年の医療費を全部足してから、戻ってきた額を丸ごと引く、という計算ではありません。戻ってきたお金は「それが出た原因の医療費」からだけ引きます。
数字で見ます。ある年に、入院で30万円、通院と歯科で15万円、合計45万円を支払ったとします。入院について高額療養費と保険金で合わせて35万円が戻りました。
- 正しい計算 … 入院30万円から引けるのは30万円まで。余る5万円は通院・歯科から引かない。差し引き後の医療費は15万円
- 誤った計算 … 45万円 − 35万円 = 10万円
この違いだけで、対象になる医療費が5万円変わります。合算してから引くと、自分で控除額を減らしてしまいます。
年をまたぐと話が変わる
医療費控除の対象は「その年の1月1日から12月31日までの間に支払った医療費」です。一方、高額療養費の払い戻しは申請から数か月後に振り込まれることが珍しくありません。
12月に入院して、払い戻しが翌年の春だった場合でも、その入院費に対応する高額療養費は、入院費を申告する年の計算で差し引きます。振り込まれた年ではありません。見込みの段階で申告することになるため、金額が確定したら確認してください。
先に止める手もある
高額療養費は「いったん払って、後から返してもらう」制度ですが、限度額適用認定証を事前に用意しておけば、窓口での支払い自体を上限までに抑えられます。立て替えが要らなくなるので、家計への負担がまったく違います。
この仕組みについては別の記事で詳しく書いています。
医療費控除は「返金」ではない
高額療養費は現金が振り込まれるので、効果が目に見えます。医療費控除は所得から差し引く仕組みなので、同じ感覚で待っていると拍子抜けします。
控除額が20万円だったとして、戻る所得税は20万円に自分の税率を掛けたぶんです。税率5パーセントの人なら1万円、10パーセントの人なら2万円が目安になります。
そのうえで、医療費控除は翌年度の住民税の計算にも反映されます。所得税の還付通知だけを見て「これだけか」と判断すると、住民税で軽くなる分を数え落とします。効果が2年にまたがって出る制度だと思っておくと、見方がずれません。
どちらも「申請しないと動かない」
2つに共通するのは、黙っていても自動では処理されないことです。
- 高額療養費 … 加入している健康保険への申請が要ります。保険者によっては該当者に通知が来ますが、来ない場合もあります
- 医療費控除 … 確定申告が要ります。年末調整では処理されません
会社員の場合、医療費控除は年末調整の対象外です。勤め先に書類を出しても処理されないので、自分で確定申告することになります。「会社がやってくれる」と思って一年を過ごしてしまうのが、取りこぼしの典型です。
申告の期限は意外と長い
還付を受けるための申告は、確定申告の期間を過ぎてからでもできます。過去の年の分を、あとからまとめて出すこともできます。領収書を捨てていなければ、去年の分に気づいた時点で手が打てます。
逆に言えば、領収書を捨てた時点で終わりです。制度を知らなくても、箱に入れておく習慣だけあれば後から取り戻せます。
混同しやすい点のまとめ
- 上限が10万円という話が2つある … 高額療養費の自己負担上限と、医療費控除の基準額は無関係の別の数字です
- 高額療養費は月ごと、医療費控除は年ごと … 数える単位が違います
- 高額療養費は本人の医療費、医療費控除は家族ぶん合算 … 対象の範囲が違います
- 高額療養費で戻った分は医療費控除から引く … 二重には使えません
この4つを押さえておけば、「両方使えるのか」「片方しか使えないのか」で迷うことはなくなります。答えは、両方に関わるが、後ろの計算で前の結果を差し引く、です。
両方に関わる年の進め方
- 入院や手術が決まったら、先に限度額適用認定証を用意する
- 窓口で払った額の領収書を、家族ぶんまとめて一年ぶん残す
- 高額療養費や保険金が戻ったら、どの治療に対して出たお金かを記録しておく
- 年末に、治療ごとに「かかった額 − 戻った額」を出して合計する
- 合計が基準額(10万円、または総所得金額等が200万円未満なら5パーセント)を超えていれば申告する
3つめが要です。戻ってきたお金に「どの治療の分か」の札を付けておかないと、年末に正しく引けません。通知書を領収書と同じ箱に入れておくだけで足ります。
基準額の決まり方は次の記事にまとめています。
出典:国税庁 タックスアンサー No.1120「医療費を支払ったとき(医療費控除)」(令和8年4月1日現在法令等)https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/1120.htm